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22. 教えない教育
 
 伸びる社員をどうやって育成するのか
 
研修を実施した会社の教育担当者の方から、こんなメールを戴きました。若干手前味噌になるかも知れませんが、(実名などは伏せながら)そのまま掲載します。

実践UML の研修ありがとうございました。

アンケート結果にもありましたように、非常に良い内容でありました。

ただ、本人が気づかないだけなのか、アイスブレークの時間や資料の配布の仕方に関して、改善した方がよいと言う意見が少しありました。
個人的には現在の方法で良いと思いますが、受講者によってはムダな時間と思えるようで、難しいと思いました。

教育担当者として『教育』について、教えない研修は非常に興味があります。

当社では、(関連する書籍が多くあることから、国内の世間も同じと思いますが)教育や、CMMIを展開する中で、全て誰かがお膳立てしてくれないとできない。
会社が悪い。○○部門がもっとしっかりすべだ。○○さんからその部分の指導は受けていない。…との意見が多くあります。

これに対して、CMMIの活動では、自分で標準を創ってとか、標準はベストプラクティスから生成すべきであり、それぞれが考えなさい、といいますが、なかなか自らが一緒になって働きかける社員がいません。きっと、この解決が、教えない研修だと思っています(勝手ながら)。

今、一番の悩みは、自分(自分の組織)で学習する、あるいは改善する、あるいはきりひらく、【力】を持つ社員(組織)にするには、どうすれば良いかです。

本当に、育成するってことは難しいと思います。これを打開するための考え方をご教授(研修でも構いませんが)いただければ、有り難く存じます。来年度以降の教育計画やその他諸々の対応に活かしていきたいと思います。  

 「なるべく教えない」という方針で研修を実施させてもらっているのですが、そこを理解して戴ける教育担当者の方が徐々に増えてきているのは、非常に有難いことだと思っています。

 そして、このメールには、自ら伸びる社員を育成するには(本文は【力】を持つ社員・組織にするには)「教えない教育」が有効であることに気が付いた…ということが書かれています。その難しさもお分かり戴いた上で、「そこにしか解決の道はない」のではないか…とも。

 まだまだ、ここまでの理解を示して戴ける方の数は少ないのですが、こういう教育担当者のいらっしゃる会社の未来は、きっと明るいのではないでしょうか…。
 
 
 学習資本主義
 
 実は、これからは「学ぶ能力」そのものが価値になる時代である、という説があります。「学習資本主義」すなわち、「知識の陳腐化の速度が速いほど、学習能力は資本として機能するようになる」という考え方です。
問題になるのは学習の「結果」ではなく、それを獲得する「学習能力」である…としています。

 ある意味「学歴」を否定していることになりますし、「不平等社会」を肯定するような考え方なので、世間からは批判もあるのだそうです。
私も「資本」(=お金)という言葉自体は好きではないのですが、IT教育を生業(なりわい)としている立場としては、少なくともIT技術者がそのプロであることを目指すならば、この説を当然として受け入れるだけの覚悟は必要なのではないか…と思っています。

 そして、自ら「学ぶ能力」を身に付けさせようとすれば、「教えない教育」を実践していくしかありません。
 
 
 いきなり演習!
 
 考えてみると、集合研修で単なる講義(知識解説)のみというのは、費用対効果という面からみても非常に不合理ですよね。知識を得るだけなら、本を読むなり、eラーニングで学ぶなり、いくらでも安く済む方法があるわけですから。少しきつい言い方をすると、本を読んでもさっぱり分からないようでは、とてもプロの技術者にはなれません。

 また、技術者には知識ではなくスキルが要求されるわけですから、必ず演習による訓練がそこになければ、研修の意味がありませんよね。集合研修では、演習こそが主体であり、知識はそのための最小限度の習得でよい…とするべきです。そうすれば、学習者はそこでスキルを(訓練によって)向上させるとともに知識不足(知識があればもっとスキルが上がる)を認識し、自ら知識習得に臨むはずですね。すなわち、それがeラーニング(在宅学習、自主学習)への動機付けにつながるわけですから…。

 つまり、何の説明もせず、「いきなり演習!」といって成果物を作らせることから始めたって良いはずですよね。え?…乱暴ですか?
 
 
 LH効果
 
 教育の世界では、LH (Learned Helplessness)効果というものがあることが知られています。
学習性無力感、または学習性絶望感といわれます。心理学者のセリグマン(M. E. Seligman)が多くの研究をもとに発表したアイディアで、長期にわたり、抵抗や回避の困難なストレスと抑圧の下に置かれると、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという見解からきています。

 要するに、講師が教えれば教えるほど学習者は分からなくなる…ということですね。講師は「これだけ教えているのに…」と考え、学習者は「これだけ教えてもらっているのに(オレはバカなんじゃないだろうか)…」と考えるわけです。

 このLH効果は、心理学的には、特に受動性の高い状況であるほどこの傾向が強い、とされます。自らがコントロールできない一方的なストレスが動機づけ、情動、学習、認知、心身に大きな悪影響を与えてしまうのですね。恐ろしいことです。

 前項の「ペダゴジー(児童学習学)」をもう一度見て戴けますか…ちょっと油断するとすぐにLH効果が現れるような気がしません?

 まだ、説明もなしで「いきなり演習!」とやった方が、学習者は救われますよね。何といっても説明を受けていないわけですから、できなくても当たり前(自分は悪くない)…ということでストレスは少ないはずです。もちろん、別のストレス(何から手をつけたら良いかサッパリ分からん)がありますけれどもね(笑)。
 
 
 予定調和と「胴体着陸」
 
 まったく何もないところから短時間で学習者に成果物を作らせるのは、当然のことながら大変です(不可能に近いですよね)。そこで、事前に学習目標に沿ったさまざまなレベルのサンプルを準備するとともに、学習者が必要な知識を得るための方法やそれらを思いつくためのヒントなどを、できるだけ多く用意しておく必要があります。そうしたサンプルなどの提示については、レッスンデザインとして、その標準的なタイミング・方法が記述されていなければなりませんが、実際の運用は、学習者の状況に合わせて、担当講師が適宜判断するべきなのです。

 その場合の講師の判断基準は、「できる限り“教えない”」(つまり、学習者が自ら気付いたり、学ぶのを待つこと)です。この時に最も講師に要求されるスキルが「タイムマネジメント」スキルです。納期を守る(守らせる)感覚ですね。

 予め引かれたレールはあるのですが、そこを予定調和的に走らせながらゴールに導くのは下策(最低ライン)です。学習者の状況を見ながら、学習者個々人に「成功体験(やった!)」と「失敗体験(あ〜まだダメだ!)」の両方の体験をさせます。そして、ぎりぎり(精一杯な学習)の状態で研修の終了(ゴール)を迎えることが最上なのです。
これを私どもは一言で「胴体着陸」と呼んでいます。まず、飛ばなければいけません。そして、空港(ゴール)に五体無事で着陸するようでは、その研修は甘かったと判断されます。もちろん、途中で墜落してしまっては失敗なのですが、片翼がもげたり、車輪が出ない状態で何とか空港までたどり着き、傷だらけの生還を果たすのが厳しく、そして良い研修なのです。

 研修がうまくいっているかどうかは、外から学習者の様子を見るだけですぐに分かるはずです。質の悪い研修は、学習者は日に日に元気がなくなっていきます。質の良い研修は、学習者の目が段々血走ってきますよ(笑)。
 
 

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